ポランニーという社会学者が提唱した「暗黙知」という言葉があります。暗黙知とは、『知識の背後には必ず暗黙の次元の「知る」という作動がある』ということを示した概念です。
よく知られている例ですが、分かりやすいのでご紹介します。
例えば、自転車に乗る行為は一度乗り方を覚えてしまうと年月を経ても乗り方を忘れないものです。しかし、自転車の乗り方を誰かに言葉で説明するのは難しく、増してや文章にしてマニュアル化しようと思うと膨大な量になってしまいます。つまり、人の身体には意識化されないものの、暗黙のうちに複雑な制御を実行する過程が常に作動しているということ。そしてその過程を言葉にしようとすると非常に細かい動作の説明となり、膨大な量になってしまうこと。
言葉や図式として表現できないが、明らかに存在する知識のことを暗黙知といいます。
自転車に乗るということはとても複雑なテクニックや体感を必要とするが、練習すればだいたいの人が乗ることが出来るというのも暗黙知のおかげだといえます。非言語コミュニケーションでも暗黙知は重要な要素となります。
しかし、コンピュータによって機械を制御しようと思うと暗黙知は通用しません。自転車に乗るロボットを作成しようと思うと倒れないようにバランスを取るという一事に関しても複雑な制御が必要となります。それ故、自転車に乗るロボットを開発しただけで大きなニュースとなるわけです。
(※ 人間の子どもが自転車に乗れるようになってもそれほど大きなニュースにはなりませんよね)